普通の収入ある家庭の子なのに何も買ってもらえず貧しかった

こんにちは、白井くま子です。

「貧しい」と聞くと、どんなイメージをされますか?

古い木造アパート、

ボロボロの服、

食事も満足に食べれない、

というイメージをされるかと思います。

それは経済的に厳しくて、ほかの人が見てわかりますよね。

そうゆうのだけでなく、見て分かりづらい貧困というのが存在するのです。

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必要以上に貧しい生活をさせられた

私はサラリーマン家庭の子供でした。

借金もありませんし、子供本人がやりたくない習い事も無理やり通わせるお金もあるくらいの、普通の経済レベルのある家庭でした。

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ほかの人から見たら貧しく見えません。

でも、毒父は家族に経済DVをする人でした。

必要なものも「贅沢だ」

まず、服は年単位で買ってもらえませんでした。

服を買うことは毒親にとってはユ●クロで買うことも「贅沢品」なんだそうです。

毒親は、贅沢は子供をわがままにする、贅沢は覚えさせるのは良くない、貧乏は美徳、という考えで、すごく極端でした。

年単位ぶりに新しい服を買ってくれたとしても、親が適当に選んで買ってきた服を渡されてましたし、自分で選べることはありませんでした。

子供の頃、同級生の子が「この前親と買い物してこれ買ってもらったんだ〜。」と言ってて、いいな〜って思ってましたが「くま子ちゃんは?」と話振られて「いや、全然買ってもらえない」と返しました。

普通はどんな感じなのかよくわからないですが、数ヶ月に1度、服を買ってもらえてる子が多かった気がしました。

私は、コートも無いので冬はいつも寒い思いをしておりました。

衣類も、アンダーウェアなどもボロボロですし、可愛いグッズやおもちゃもありません。

食事も、ご飯と、味噌汁と、納豆だけもよくありました。

毒親の気まぐれで、外食なんてほとんど連れてってもらったことないのに、一度だけ回転寿司へ行ったことありました。

でも、一番安いお皿(かっぱ巻きとか)と、無料のあら汁しか許されず、好きなものを食べたことはありませんでした。

いつもみじめな思いをしてましたが、中学になると、周囲の子はメイクを覚えたりしてきれいになるので、さらにみじめに感じました。

皆、ストパーや縮毛矯正させてもらってて髪もツヤツヤ。

でも私は美容室に行かせてもらえず自分で髪を切ってました。

遊びに行ってもお金持ってないため一緒にクレープ食べるみたいな友達付き合いもできません。友達どころか、見た目もボロボロなため、仲間に入れてもらえず、いじめにも遭いました。

とにかく自由になるお金がないことで、辛いことが多かったです。

もし本当に収入が厳しくて生活が苦しかったら、生活レベルが低くても納得してました。

でも、私の家は普通に普通の収入のある家庭のはず。

それなのにお金かけてもらえないなんて、「お前は金かける価値ない」みたいに言われてるみたいで本当にみじめな気持ちでした。

高校はアルバイト推奨だったため、個人経営ののんびりした店でアルバイトをしてましたのでちょっとは自由になるお金がありました。

校外学習で、遊園地的なところへ行きましたが、そのお金も出してもらえず自分でやりくりして捻出してました。

ほかの子に聞くと、お金持たせてくれるみたいですね…。

毒父は人にも家族にも子供にもお金つかいたくなかった

「俺が稼いだお金だからどうするかは俺の自由」

「誰のおかげで生活できると思ってるんだ」

「嫌なら出ていけ」

そんなことを言われておりました。

そして「自分はケチだから」と堂々と言う人でした。

でも、ケチと倹約は別物です。

倹約は無駄を省くことなのでいいと思いますが、ケチは違います。

ケチは必要なものでさえもむやみに出し惜しみ、気持ちが卑しく、人間性を疑われます。

家族や子供にお金を使いたくなかったようですが、本人は自分にお金をかけてました。

趣味の旅行や音楽にお金をかけ、CDや、音楽機器などに使っておりました。

自分にお金かけたいから、家族にお金使いたくなかったとしか考えられません。

何が言いたいかと言いますと、貧しさとは、他人から見てわかるものだけではないということなのです。

そして、見てわかるものは、人は助けてくれやすいですが、そうでなければ助けてもらいずらいのです。

これは発達障害もそうで、見てわかる障害では無いから理解されづらいんですよね…。

はあ〜、年頃の頃、私も皆と同じように着飾りたかったし、洋服を買いに買い物したかったし、遊びたかった。

今欲しいもの買ったとしても、当時のみじめさが解消するわけじゃないんですよね。