逃げることは甘えじゃない

こんにちは、白井くま子です。

「逃げる」という言葉を聞いて、どんなイメージを持つのか人によって違うと思います。

逃げることは甘えだ、とマイナスのイメージを持つ人も居ると思います。

 逃げは甘えじゃない。

例えばですが、いじめとは存在を否定することです。

存在の否定され、自尊心を傷つけられる。

そんなことを続けられていいわけがありません。

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ですが、私の毒親は、「逃げることは甘え」という考えの人でした。

学校でも家でも、ボロボロで、傷つくことばかりで、ついには引きこもりまでいきました。

卒業までずっといじめを受けてた技術系の学校を卒業して、虚ろな顔で、もう、無理…と。

毒親に「働け!」と言われても、生気のない表情。

無力感。脱力感。

もう、頑張れない…。

部屋にこもり、家族と顔を合わせず。

誰とも喋らないから、声の出し方もわからなくなり、たまに「あー」と声を出してみたり小さな声で鼻歌を歌ってみたりして、生きてることを確認したり。

(引きこもりと言っても、今思うと私にとっては充電期間として必要だった時間なのかもしれません)

毒親が気にくわないことがあると叩かれ、学校でもいじめを受け。

「自分は生きていても仕方ない」

「何やってもできないダメ人間」

「出来損ない」

ずっとそう思ってました。人も怖くなり話せなくなりました。冗談抜きで外にも出れませんでした。

成人してるので環境のせいばかりにしてはいけないのは分かっております。

ですが、再び社会に出れるまで何年もかかりました。

下手したら、人によっては壮絶ないじめが原因で、トラウマになり、一生引きこもりになる人も中にはいるのです。

だからこそ、言いたい。

本当に逃げることって甘えですか?

ボロボロになるくらいなら、生きる実感がわかなくなるくいなら、苦しみの原因になるその場から逃げたって大丈夫なんです。

逃げられる状況ではないにしても、頭の隅に置いといて欲しいと私は思います。逃げてもいい、と。

逃げるは恥だが役に立つ

「逃げるは恥だが役に立つ」ってドラマが以前流行りましたが、あれは実はハンガリーのことわざで、

「恥ずかしい逃げ方だったとしても生き抜くことが大切。」

という意味なんだそうです。

ことわざのように世間体よりも、自分の気持ちの方がよほど大切なんです。

世間体ばかり守ろうとしても、自分がボロボロになってしまっては意味がないですよね…。

なので、不登校したって生きていけますし、不登校したからと言って、引きこもりだったからと言って、負い目を感じなくていいんです。

再起不能になることの方がよっぽど怖いことなのですから。